掃除の仕事中、誰かが俺を呼ぶ声。
振り返ると、階段で妊婦が体調を崩して倒れていた。
通りがかった男性がおろおろと様子を見ていた。
気分が悪くなったのか?妊婦か。大変だ。どうする?
一瞬で頭の中でいろいろ考えがめぐる。
これは急がないと!
300m先にあるインフォメーションまで走った。
サッカーの試合中だったため人がごった返している。
「すみません通してください!」
人混みをかき分けながら急いだ。
途中、先輩達に会った。
何かあったのかとこっちを見ている。
でも、説明してる時間はないと判断して。
何も言わずに走り抜けた。
インフォメーションに事情を伝え、応援を頼む。
すぐに妊婦のもとへ戻った。
駆けつけると、すでに医療班が来て介護していた。
インカムで言ってくれたのだろう。
間に合って良かったと思い、持ち場に戻った。
しばらくして、男性スタッフがやってきた。
「あれはよくないよ。なぜ報告・相談しなかったんだ?」
驚いた。
妊婦が大変だったから、そんな余裕はない。
そんなことは、分かってくれていると思っていた。
30歳以上も年上の先輩なんだから。
さらに、女性リーダーが不満そうに近づいてきた。
「あれはあなたの仕事じゃないんだから。近くのスタッフに声をかけなさい。あなたの判断で何かあったらどうするの?勝手な判断で動くと責任を取れなくなるのよ。」
何を言っているんだ?
なぜ人を助けて注意されなければならない?
人混みの中で誰が近くにいるかなんて分からない。
近くにスタッフがいなかったから、
俺には、インフォメーションに向かうのが一番早いと思えた。
そして休憩中も同じ話を繰り返す彼女。
彼女にとって許せなかったのは、“私に声をかけなかった”こと。
命よりも、彼女にとって大事なのは“手順”と“自分の立場”だった。
彼女のような人は結構いるので驚きはしない。
いつも仕事を丁寧に一生懸命こなす彼女を尊敬していた。
けど……こんなものか。